遠山風土記(8)遠山氏の祖先は鉄鋼の技術集団か
◇遠山氏の祖先・・・?
![]() 畑上の白山神社 |
その中で注目したいのは、白山神社の神像が隻眼(せきがん=片目)であるということです。
松山氏によれば、その御神体伊邪那岐命(ごしんたいいざなぎのみこと)、大穴牟遅命(おおあなちのみこと)は鉄神であり、風越山(ふうえつざん)一帯を中心に、これらを信仰する産鉄民(さんてつみん)集団が生活していたのではないか、そして、その集団の一部が遠山谷へ入り、遠山氏の祖先となったのではないか、と書かれています。
さて、白山信仰は、山鉄民集団が各地に鍛冶業(かじぎょう)を求めて移り住み、全国に広まったといわれていますが、遠山にある白山神社について調べているうちに、ちょっと不思議なことに気がつきました。
それは、上島(かみじま)・畑上(はたかみ)・十原(とっぱら)・名古山(なごやま)の四つの白山(城白山=しろはくさん)神社の地域には、そこにしかない苗字があるということです。
例えば、上島には、今川(いまがわ)・山下・上野・陰佐(かげさ)・宇佐美。畑上には、平沢。十原には、坂本・山口・石堂(いしどう)・城崎(しろさき)・荒井・皆浦(みなうら)。
名古山には、柴原・小西・中村などです。時代を遡ったりして、もう少し正確に調べなければなりませんが、十原では苗字が皆違うことも併せて、白山信仰と何か関わりがあると思われます。
松山氏は、屋敷氏神(うじがみ)として全国各地でまつられている白山神社が、漂白民である産鉄集団の信仰と深い関係にあると想像しています。
霜月祭りは、舞処(まいどころ)は炉の形であり金山彦神(かなやまひこがみ)も現れるので、本来の意味を亡失した鉄山関係の宗教行事、とも書かれており、遠山氏の祖先は鉱山師と深い関わりがあったのでしょうか。
遠山信一郎著/遠山風土記より

























