「お肉のよもやま話」料理で再発見!お肉の魅力、おいしい秘密 2025年6月号
週刊いな「お肉のよもやま話」2025.06掲載。
今回は、鹿の国と鹿の串

鹿の国と鹿の串
日本最古の神社の一つ、諏訪大社の四季折々の祭礼を追ったドキュメンタリー「鹿の国」を、
この間、伊那の旭座に見に行った。
オラはなんつったって、国重要無形民俗文化財「霜月祭」を行う和田諏訪神社の氏子だし、
オラはその霜月祭の本祭その日に産まれた。自称諏訪大明神の落とし子だもんで、ね(笑)
それに、和田霜月祭り保存会の最年少会員であり舞い手でもある
高校2年の坊主も見たほうがいいかなと。
伊那出身の女房殿も当然一緒で、親子3人で行ったのだが、なんと映画館前で遠山の人に遭遇。
諏訪大明神の思し召し?おったまげたぞぉ。
オラも坊主も伊那には何度も来ておるが、旭座で映画を見るのは初めてで、
レトロでなかなかいい雰囲気に浸りつつの映画鑑賞となったに。
遠山郷という地域も、オラ自身も、諏訪信仰とは、なんだかんだと深いものがあるけど、
とにかくお諏訪さまは狩猟の神様っちゅーのが大きい。
とりわけ、古くから受け継がれている「鹿食之免(かじきのめん)」にある「諏訪の勘文」は、
オラたち、山の肉屋や猟師、山で暮らしとる衆は大事に思っていると思うに。
「業尽有情 雖放不生 故宿人身 同証佛果」
(前世の因縁で宿業の尽きた生物は放ってやっても長くは生きられない定めにある。
したがって人間の身に入って死んでこそ人と同化して成仏することができる)

諏訪大社には「鹿なくてハ御神事ハすべからず候」という教えが伝わっているそうだ。
つまり「鹿肉なかったら神事はしちゃいかん」ってことなのだ。
劇中、冬の間に御室と呼ばれる竪穴式住居に籠り、祭礼を行うところが描かれとって、
竪穴式住居のなかで火を焚くあたり、なんというか縄文から続いた狩猟文化の
祭礼のような気がした。
でも、山盛りの白飯を捧げたり、田植えにまつわる芸事もしてたから、
稲作文化の要素もたっぷり入っとるなと思った。
この稲作文化が「鹿じゃなきゃいかん」にオラは繋がってると思う。
鹿の角は1年のサイクルで生え替わる。
春になると角が自然に落ち、夏にかけて新しい角が生える。
この角の成長を稲の生育と重ね合わせたんじゃないかなあ。
一般的に縄文時代の遺物には猪の造型が多く、弥生時代には鹿の表現が増える。
捕食数はどうもどちらの時代も変わらんちゅーし、正直言って肉の旨さは、
「イの一番」と言われる猪の肉の方が上だろうから、その時代の人にとっての
意識の問題だわな。
劇中の祭礼で、神様と人とが一緒に飲食する「神人共食」という行事が行われていて、
鹿の肉を串で刺した「焼鹿」をそりゃあ旨そうに食べる場面があった。
オラたちもお祭りの中で「直会」という飲食をするが、食べることは神の力を
頂く行為だと感じたに。
鹿食免にある「人と同化して」は、まさしく神と共に、神と和合するってことなんだろうな。
しっかし、あの旨そうな鹿肉。焼鹿の味付けはなんだろなと山の肉屋のオラは考えた。
味噌か醬油か…いや「塩」だな。塩は、古くから「浄化」や「清め」の象徴だしな。
あとは、その機能。体液のバランスを整えたり、消化を助けたりもする。
ウチには「鹿ジンにんにく胡椒味」っていう商品があるが、まずは、これを鹿串にしてみるか。
諏訪大明神と共食したいところだが、まずは、ウチにおる山の神に試食してもらうかな。




















